
日本酒ファンの皆さん、また酒旅ファンの皆さんこんにちは!!
桜満開の山口の酒蔵巡り1に続いて、後編は岩国錦帯橋の桜と、清流錦川のほとりにある『八百新酒造』を訪れ、さらに山分け入って『獺祭』へと向かいます。
なお八百新酒造の紹介記事はこちらになります。
山口の日本酒『雁木 ひやおろし』はコク深い甘みも切れよい後口
優美な姿の錦帯橋には桜が似合う
五連アーチの錦帯橋は日本三名橋なんです!
竹藪刈をなんとか終えて姪っ子の案内で、岩国の錦帯橋と酒蔵を目指します。
当初は、徳山から新幹線で新岩国へ、そしてバスで錦帯橋の桜を愛で、さらに錦川清流線で錦町まで行くプランだったので大助かりです。
防府から錦帯橋までは1時間30分、国道2号線は結構な交通量がありましたが、ジモミンの運転で問題なく到着です。

河川敷の駐車場に到着、まだ相当余裕があります。 入橋料金は310円と格安で、外国人は少ないですね。
ところで日本三名橋って、皆さんご存知ですか?
この錦帯橋と、長崎の眼鏡橋、そして東京の日本橋なんです。
350年前に建てられた木造アーチ橋は世界唯一の構造
錦帯橋は3代領主吉川広嘉によって、1673年に架けられました。 しかし翌年あえなくも洪水で橋脚が流出してしまいます。
すぐさま翌年に架け替えられ、その後1950年の台風で流出するまで276年も保たれていました。
そして1953年に再建され、2004年には劣化した木造部分が架替えされています。

ところで錦帯橋はどうしてこんな形になったのでしょうか? それは橋脚を少なくしゴミや流木で流されないようにする工夫なんだそうです。
そして工法は、桁と楔で角度をつけて並べていき、梁で桁を固定し、最後はアーチ最上部に棟木を入れて完成させています。
この木組みの技術、まさに日本の匠の技ってところでしょうか。

城山をぐるりと蛇行する錦川を外堀とした岩国城
1600年関ヶ原の戦いにおいて、吉川広家は家康の背後に布陣した西軍3万の軍勢をブロックし、東軍優勢の状況を作り出しました。
そして小早川秀秋の裏切りを誘発させ、僅か半日での東軍勝利となった要因は、毛利宗家の所領安堵とする家康との密約だったそうです。
広家の必死の嘆願も実らず、毛利は120万石から30万石へと大幅に減封され、結果的に吉川家は毛利から岩国3万石を貰う形での移封となりました。

さて初代領主となった広家は、1608年に大きく蛇行する錦川を利用して横山に岩国城を築きますが、7年後徳川幕府の『一国一城令』により取り壊されています。
山の上のお城は、1962年の再建です。


毛利は萩城のみを残したが、長門と周防の2国を所領していたのだから、岩国城を残せなかったのかな? むかし徳川いま詐欺師、信ずるものは騙される!
さてお屋敷町を巡って、河川敷でお昼とします。 名物の『岩国寿司』でカンパーイ!

桜舟も出ていますが、桜越しの錦帯橋のほうがホント絵になりますね!

岩国に来たならやっぱり酒蔵巡りでしょ!
蔵人も酒米も錦川の船着場からやってきた八百新酒造
岩国に来たらやっぱり酒蔵巡りでしょってなもんで、早速始動です。
まずは、2025クラマスターでプレジデント賞を受賞した『雁木』を醸す八百新酒造さんへ向かいます。
錦帯橋からは川伝いに走って、10分くらいで到着です。

酒蔵の前にはかつては船着場があり、上流から運ばれてきた原料米は『雁木』と呼ばれる桟橋から荷揚げされていたとか。

川幅も広くゆったりとした流れは、まるで港のような雰囲気がある。 ここの川岸に座って一杯やりたくなるね…

蔵塀を回り込むと、創業150年の歴史が刻まれた白壁のレトロな佇まいの入口に到着です。

透明感のある繊細で滑らかな味わいは今が旬!
八百新酒造さんは、「水際にいのち生まれる」を合言葉に、ピュアな純米無濾過の酒造りをされています。
酒蔵本体は古いのですが、蔵内の設備は冷蔵化されており一層の丁寧な酒造りで、味わいが研ぎ澄まされてきた感じがあります。
まさに旬の味わいですね!

戦前戦後の国の三増酒政策で評判を落としながらも、真摯な酒造りで見事に復活された八百新酒造さん。
丁寧な酒造りによる繊細で爽やかな風味が、2025クラマスターで『純米大吟醸鶺鴒』が見事プレジデント賞を載冠しています。
試飲はせず、お土産に『雁木無濾過生原酒ノ壱』を、姪っ子は『スパークリング』を購入し、桜咲くお蔵を後にしました。


訪問時、ちょうど5代目蔵元の小林さんとお会いできて光栄でした。 丁重なご挨拶をいただき、有難うございました。 ますますのご活躍をお祈りします。
日本酒業界の向かうべき道を示す獺祭
山奥の酒蔵の自虐的キャッチは、訪ねてみたらマジで本当だった!
さて次の訪問先を迷っています。 『金雀』か『獺祭』か? どちらも山奥ですが…
堀江酒造の直売所に電話して、今日購入できるお酒の種類を確認します。 やはり買いたい酒はなくて、予約無しですが獺祭へ向かうことにしました。

見るべきものもない国道2号線沿いを周防高森まで来ると、『獺祭』の精米工場と昨年完成した原料米倉庫が見えてきました。
ここには52基もの精米機があり精米量10,000トンは日本一、扱う山田錦は全国生産量の3割にもなるそうです。
さらに走って県道142号線鹿野方面へ右折、すると山の中に突然、商品出荷センター(2016年竣工)が現れます。

ここでは、パートさん達による熟練の紐掛けや梱包作業が行われているとか。 その昔フロッピーディスクの工場を立上げた頃、彼女らの機械より早くて正確な手作業にはビックリしたね!
さらにさらに山分け行って進み小さな集落を過ぎると、急に近代的なオフィスのような高層ビルが現れました。

ここが、日本一の地酒『獺祭(旧旭酒造)』の本社蔵(2015年竣工)です!
こんな山の中のビル蔵で200人以上の社員が酒造りしてるなんて、想像を超えていますね。

『山口の山奥の酒蔵』の自虐的?なキャッチは、マジで本当だった! コンビニや飲食店は皆無、社員さんには美味しい食事が用意されているんだって!。
社員5人のリスタートから25年で200億円超え!
獺祭のこれまで多くの逆境を乗り越えてきた成長ストーリーは多くの書物で紹介されています。 少しくその成功要因を探ってみましょう。

まずは『高級酒への特化=差別化/集中化戦略』であり、端的に言えば離脱が少ない上位5%のアッパー顧客層をターゲットにしていることが挙げられます。
具体的なチャネル政策は卸を外した特約店制度と、イベント開催などによる顧客のファン化によってプレミアムブランディングに成功しています。
そして高品質商品の安定的供給✕高価格は、売上数量が伸びると大きな利益を生み出し、転換点となった2014年からは急成長していますね。
さらに年ごとに還流してくるキャッシュで生産能力を増強し、需要の増大をキャッチアップしてきたのです。

2015年の本社蔵完成により16年度売上は108億円(前年比66%増)と大きく伸長し、設備増強が見事ハマっている。 その後25年度には213億円と10年で倍増した。 26年には海外の販売拡大に向けて3号蔵を建設開始している。
緻密なデータ分析と四季醸造によるノウハウの蓄積
何より革新的なのは、データをもとに試行錯誤を重ね、杜氏なしでデータによる獺祭造りを軌道に乗せていったことです。

それを支えたのが空調管理が効いた四季醸造設備で、それによって獺祭では年50回も繰り返しPDCAが回され、熟練度が上がるのです。

各工程における数値データと経験値を蓄積し、そこから最適解を抽出。 杜氏の『暗黙知』を『見える化』して『手の内化』した。 これこそが獺祭の競争力の源泉なんだね!
輸出比率は4割、プレミアムブランド化に成功!
桜井一宏社長就任後獺祭はさらに海外市場に力を入れ、21年は69億円(前年比2倍)と大きく伸び初めて国内を上回りました。
直近25年の輸出額は79億円で、30カ国以上に輸出されています。 特に中国や米国は販売単価が高く、利益率の高いプレミアムブランド化に成功しています。
海外売上が好調なのは、国内同様代理店や小売店の流通過程でも保冷管理を徹底し、鮮度をキープすることで消費者満足を獲得しているからでしょう。


さて本社直営店では、多くの試練を経てきた米国産の『DASSAI BLUE』が試飲できるので、迷わず『獺祭BLUE 23 from NY』を選択しました。


トラマサと桜井博志会長は大学が同期、50年ぶりだったけどアポ無しなので会わなかった… 天才的な舌を持つ会長は厳し目の評価だけど、貧乏人には目も眩むようなしっとりした上品な味わい。 初めての23%なせいか旨味は薄いかな? 人と米は移動できるけど、山奥の水は移動できないもんねえ…
旅のあとがき
日本各地の酒蔵は今まさに危機的な経営局面を迎えており、その約半数は赤字・欠損といわれています。
『アルコール消費の減退・多様化』『担い手の高齢化・人手不足』『酒米などのコストアップ』などが酒蔵経営を圧迫しています。
日本の社会構造や経済構造をみれば右肩下がりは避けられず、自らのSNSなどによるブランディングや経営革新はより重要となってくるでしょう。
獺祭の成長・成功は決して奇跡ではなく、全社一丸でやるべきことをやってきたからこそ実現できたのです。
そしてグローバル市場にも『SAKE』ファンを増やしてきた獺祭の海外戦略に多くの酒蔵が続き、国・県・金融にはその経営資源の強化にむけて一層の支援が望まれます。
酒コンテスト1位の『雁木』、そして地酒日本一の『獺祭』を巡る岩国の酒蔵巡りいかがだったでしょうか?
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。

