皆さんこんにちわ! 日本各地でようやく梅雨明けしそうですが、大雨洪水、日照不足による農作物の被害が心配になりますね。
特に山間地の雨が多かったので、酒米の出来はどうなのでしょうか?
さて今回紹介する『新政酒造』さんは、今の日本酒製造には欠かせない『きょうかい6号酵母』発祥の蔵元さんです。
そして現在の蔵元佐藤祐輔さんがプロデュースするお酒は、いまや入手不可能な超人気酒。 今日はそんな日本酒業界のトップランナーの横顔を迫ってみたいと思います。
常の世も酒造りをリードする新政酒造の歴史
近代の日本酒造りをリードした『やまウ物語』
新政酒造さんは1852年幕末の時代、初代佐藤卯兵衛氏(さとううへえ)により操業され、当初は『やまウの酒』と親しまれていたそうです。
その後明治政府が掲げた「新政厚徳」から酒名を新政(しんせい)とし、市長の進言により『あらまさ』に改名したとか。
新政の名前を世に轟かせたのが五代目卯兵衛氏で、戦前の全国新酒鑑評会においては連続の首席を獲得。
超高度精白の実践、寒冷地における長期低温発酵法の確立、そして現在全国の酒蔵で使用されている最古の清酒酵母となった「きょうかい6号酵母」を誕生させました。
この6号酵母は、日本各地の野生の蔵付き酵母による不安定な酒造りから、より安全で高品質な酒造りの道を開きました。
それと同時に酒税の安定的な徴収を可能にして、酒蔵や国の収益構造を大きく改善したのです。
6号酵母の特長は、芳香穏やかにして清冽。 長期間にわたる低温状態に耐えうる強健な発酵力を持ち、高いアルコール発酵能力を誇ります。
戦時中は6号酵母のみで全国で清酒造りが行われ、それ故に、6号以降の清酒酵母はすべて遺伝的に6号の突然変異なんだそうです。
まさに、日本酒製造技術の近代化を成し遂げた五代目は、新政というよりは日本酒の中興の祖と言っていいのではないでしょうか。
五代目は大学時代、あのマッサンこと竹鶴政孝氏が同窓生であり、共に勉学優秀であったそうですね。 因みに、ヤマは屋号を意味し、ウは卯平からの命名です。
現代の日本酒造りをリードする『やまユ物語』
さて、八代目の当主佐藤祐輔氏。 東大卒業後はフリーのジャーナリストとして活躍していましたが、日本酒にハマったのが『磯自慢』や『醸し人九平次』に出会ってのこと。
ようやく自身の宿命に導かれ酒類総合研究所にて修行、そこで五代目曾祖父の偉大さ、実家の酒蔵で生まれた「きょうかい6号酵母」の価値に気付かされます。
酵母発祥の蔵元としてのDNAが覚醒するのに、10年の歳月が流れたのです。
そこでは戦後確立された日本酒の造り方とその課題を学び取り、自身の酒造りのグランドデザインを作り上げます。
2007年には蔵元に戻り、従来の日本酒とは一線を画す酒造りが始まります。 祐輔氏は味だけでなくネーミングやデザインにこだわり、徐々に首都圏で販売を伸ばしていきます。
勿論失敗は付き物、地元の若手醸造家らとの勉強会(NEXT5)などで技術を磨き、酒質も安定化してきます。
そして2012年には代表取締役に就任し、「自分好みの酒」を追求するにとどまらず、日本酒造りは地域経済の担い手とばかりに、近郊の山奥での自社田運営も始めました。
祐輔氏の酒造りは、昭和戦後の酒造りからの脱却であり、明治時代の生酛造りや杉樽での仕込み、更には杉樽の製造、林業への取り組みへと単なる酒造りの枠をどんどんと超えてきています。
新政酒造の酒造りの方針は全量純米、生酛造り、秋田産米そして6号酵母
秋田の軟水系の水で仕込む酒質は、やわらかくまろやか
新政酒造さんは、秋田駅からほど近い市街地にあります。 然しながらここは、旭川などの河川が集まる名水の地。
近隣には『高清水』を醸す秋田酒類製造さん、『ゆきの美人』を醸す秋田醸造さんがあります。水質は軟水、まろやかでやわらかい酒質に仕上がっています。
酒造りは伝統回帰、全量が生酛造りと純米
それでは、酒蔵に戻り祐輔氏が伝統回帰の日本酒造りに邁進した過去を以下に振り返ってみましょう。
- 2007年 蔵元に入社。
- 2009~10年度 使用酵母を「六号酵母」系のみに限定。
- 2010~11年度 トレーサビリティの徹底と地域貢献を目的に原料米を秋田県産米に限定。
- 2012~13年度 全商品、純米造りの体制に移行。
- 2014~15年度 天然由来の乳酸菌によって造る「生酛系酒母」のみに製法を限定。製法としても「山廃」から、「生酛」へと製法を統一。
- 2015~16年度 「生酛純米蔵」となりました。
- 2017年度 秋田市東方の山間地「鵜養(うやしない)」で無農薬での酒米づくり開始。
- 2018年度 築165年以上の土蔵「愛醸蔵」を木桶専用蔵に改造。
酒蔵に帰り、わずか10年と僅かでこれだけの改革を進めるのには、確かな商品プロデュース力、揺るぎない酒造りの哲学、そして何よりも彼を支えてくれるネットワークに恵まれているからでしょう。
祐輔氏が目指す日本酒造りは、秋田県産米を生酛純米造りにより六号酵母で醸す、言わば『ALL AKITA』。
新政独自の『生酛系酒母』のみによる製法への回帰により、醸造中に自然に混入してくる乳酸菌によって酒母をたて酒質を上げることを目指しています。
酵素材などの添加物も一切使用されていません。
そうすることによって、あの新政独特の『スッキリとした味わいの中に綺麗だけど複雑味のある酸』をうまく醸し出しているのです。
まさに『オーガニック・ライスワイン』と言ってもいいでしょう。
山奥の田圃で無農薬の酒米づくり
先にも触れた通り新政酒造さんは、『鵜養(うやしない)』という秋田県の山奥の限界集落にて約2町歩(約2万㎡)の田んぼを借り、無農薬の酒米作りを始めました。
かの地での酒米の優劣は不明ながら、安全性を重視した酒造りの方針があってのことなのでしょう。 でも一番山奥みたいなので、水の管理が大変そうです。
祐輔氏の心配事はこれからの酒米生産体制への不安、つまり農従事者の高齢化や農業の放棄による田畑の荒廃にあるのでしょうか?
いま日本酒の醸造は一番美味しくなってきていますが、地元での酒米生産に取組む多くの蔵元の一番の不安はそこなのかもしれません。
木桶仕込み、杉樽づくり、林業への取り組み
祐輔氏が『生酛純米』に回帰するにともない、その目指す酒造りに欠かせない『木桶』。 今では、業界最多の33本もの木桶で仕込みを行っています。
自然素材である木桶は、表面の小さな孔や部材のすき間に微生物が残り続けるので、年数を経るほどに木桶は複雑な味を醸すことになります。
他の酒蔵でも木桶が使われ始めています。 でも日常の管理や清掃など、大変手間がかかるそうですね。
そんな木桶ですが、製造をしているのは今では日本で一社のみ。 そこで新政さんでは社員を派遣して製造技術の習得をしているそうです。
将来は自社で木桶製造、そのための林業運営と夢は果てしなく続きます。
主要銘柄のラインナップ
すでに紹介したように、祐輔氏は毎年のように製法や設備を更新して、作り手の技術も変わればおのずと出来上がる日本酒も変わってきます。
初期の製品ラインにあった生酒シリーズの『やまユ』は祐輔氏の名前を冠したものですが、今はありません。(注:特別頒布会のみでリリース)
『NO.6』にしてもラベルやボトルデザイン、キャップの変更などが度々あり、ショウケースの中で思わず間違えそうになります。
でもひとたび手にして貰えれば、裏ラベルに書き込まれたありったけの造り手の思いが、飲み人の心をグッと引き込みます。
さて、そんな新政酒造さんの主要銘柄を以下に紹介しましょう。(2020年8月現在)
ライン | 銘柄 | 価格 | 酒米精米歩合 | 特長 |
---|---|---|---|---|
カラーズ | ヴィリジアン | ¥3,565-/720㎖ | 美郷錦・40% | Colorsラインナップ中、もっとも厚みと余韻がある力強い仕立て |
〃 | コスモス | ¥2,480-/720㎖ | 改良信交・55% | 「改良信交」はあくまでも滑らかで伸びやかな味わい |
〃 | ラピス | ¥1,894-/720mℓ | 美山錦・55% | 「美山錦」の清涼にして端正な味わいが楽しめる軽快な酒質 |
〃 | エクリュ | ¥1,507-/720mℓ | 酒こまち・麹米55% | 「酒こまち」特有の、まさに寒冷地の雪解け水を思わせる清らかなテイストが楽しめる |
No.6 | X-type | ¥3,056-/720mℓ | 酒造好適米40% | 磨きこまれた米を用いるため、より格調高い仕上がりであり、6号酵母の清楚にして力強い存在感を鮮やかに感じ取れる |
〃 | S-Type | ¥2,037-/720mℓ | 酒造好適米55% | ふくよかさとキレを兼ね備え、口当たり前半の濃縮感と、後半のキレの好対照が魅力。 |
〃 | R-Type | ¥1,528-/720mℓ | 麹米55%掛米65% | 生酛造りによって強調された生酒らしい旨み |
プライベートラボ | 陽乃鳥 | ¥1,935-/720mℓ | 美山錦 麹米55% | 米・米麹・水・酒で仕込まれ、バニラ様の香りがより酒の甘さを引き立てる。まさに、唯一無二の「貴醸酒」 |
〃 | 亜麻猫 | ¥1,782-/720mℓ | 酒こまち麹米55% | 強い酸味を持つ焼酎用麹(白麹)をも用いて醸されているため、日本酒離れした酸味が楽しめる |
〃 | 天蛙 | ¥2,037-/720mℓ | 酒こまち麹米50% | アルコール濃度10%以下で薄にごりの、低アルコール発泡性清酒、瓶内二次発酵酒である |
〃 | 涅槃龜 | ¥1,890-/720mℓ | 酒こまち(減農薬)90% | 麹ならびに掛米とも精米歩合90%といういわゆる低精米で醸造した純米酒。吟醸造りの技術の粋を凝らすことで、現代吟醸のエレガントさも同時に表現する |
新政酒造のおすすめベスト3は『NO.6』『亜麻猫』『ラピス』
実は、新政酒造さんのお酒は皆さんご存知のように、一部を除き飲みやすさと旨さを両立するため、比較的低アルコールの14%、しかも原酒で提供されます。
そのどれもが魅力的でみんな好きなのですが、意を決してベスト3を挙げてみましょう。
まとめ
平成の日本酒造りはまず級別制度が廃止になり、各県での酵母開発競争を背景に『吟醸酒』ブームが起こります。
その一方で、『淡麗辛口』酒などの行き過ぎた炭素ろ過の見直しから『無濾過生原酒』が人気に。
また、それまで酒造りを担ってきた杜氏の引退を契機に、日本酒造りそのものに興味を持つ若手『蔵元杜氏』が増加します。
その筆頭が『十四代』、生き生きとした香りとみずみずしい味わいの『芳醇旨口』のお酒が注目を集めます。
蔵元杜氏が増加するなかで、作り手の蔵人も社員蔵人に切り替わる蔵が多くなり、その典型は『獺祭』の旭酒造。
データと技術の共有化により全量純米大吟醸とした経営戦略はあたり、今や灘・伏見の普通酒メーカーと肩を並べる規模に成長。
そして、日本人が日本酒を呑まなくなった今、海外の日本食ブームを背景に海外を見据えてリブランドする日本酒が増え、輸出に興味を持つ蔵元は半数近くに増えています。
祐輔氏は、そうした流れの先をこう読んでいます。
日本酒の発展のために求められるのは、より信頼できる、ピュアな原料と作り方ではないかと。
今、全量が「純米」「生酛」の蔵は、当蔵を含めて全国でも僅か。 今後はそういう蔵がどんどん増えてくると睨んでいます。
祐輔氏は酒造りは食品加工業ではなく、日本の伝統文化として捉えており、温故知新よろしく、モダンなお酒をドンドンと世に送り出してほしいですね。
それでは皆さん、今日はこの辺で失礼します。